| 1992年 |
間瀬選手権GP125ccクラス、ランキング2位 |
| |
後のレース界のトップライダー青木治親選手等との激戦を繰り広げる |
| 1993年 |
ミニバイクレースに参戦。レース経験をつむ。 |
| 1994年 |
同上 |
| 1995年 |
同上 |
| 1996年 |
GP125ccクラスにスポット参戦。 |
| |
より高みを目指し、単身にて鈴鹿に上京。 |
| 1997年 |
鈴鹿選手権SP250ccクラスチャンピオン |
| |
鈴鹿サーキットで敵なしの速さを誇り、その名を売る。 |
| 1998年 |
安定した速さで2年連続チャンピオンを獲得。 |
| 1999年 |
ウエストエリア、スーパーバイク/スーパーNKクラスチャンピオン |
| |
R2-1シリーズ5位(S-NK) |
| |
名門のレーシングチーム「OVER RACING」に移籍。 |
| 2000年 |
R2-1シリーズ19位(S-NK) |
| |
ドイツ選手権 SS600クラス6位 |
| |
初の海外レースを経験。ドイツのトップライダーをおびやかす存在に成長。 |
| 2001年 |
R2-1シリーズ4位(ST600) |
| |
ガレージ526に移籍。新カテゴリーのST600の初代チャンピオンを狙うもランキング4位に終わる。 |
| 2002年 |
R2-1シリーズ参戦(ProtoType) |
| |
モリワキレーシングに移籍。 |
| 2003年 |
モリワキMD211V開発ライダー |
| |
モリワキのオリジナルMoto-GPマシンの開発ライダーに大抜擢。 |
| 2004年 |
R2-1シリーズ参戦(ST600) |
| 2005年 |
R2-1シリーズ11位(ST600) |
| |
伊藤レーシングに移籍。ST600クラスで上位争いに加わる。 |
| 2006年 |
R2-1シリーズ6位(ST600) |
| 2007年 |
R2-1シリーズ(ST600)参戦 |
| |
ST600クラスの前半戦終了時において暫定ランキング1位に浮上。 |
| |
第5戦のSUGO決勝戦にて、不慮の事故に遭遇。 |
| 9月26日 |
懸命の治療も空しく永眠。 |
| 今後・・・ |
皆さん共に、心に生きつづけることを、正雄の兄が誓う・・・ |